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4日目(2025年8月9日)

いよいよ視察研修も最終日となりました。
本日は仙台駅周辺の会議室にて、元石巻西高校の校長先生(震災当時は教頭)から、避難先となった学校の実情について講話をいただきました。

運営の実際とワークショップ 避難先になった学校の実情について、元石巻西高校校長の講話とワークショップ

急遽の避難所運営であったため、その場その場で判断しながら対応を続けられたとのことでした。
なかでも印象的だったのは、「生徒たちと共に避難所を運営した」という点です。 配膳や校舎内の清掃、さらにはペットを連れた避難者への対応など、多くの場面で生徒の力を借りたといいます。 特に、犬を連れた避難者のためにダンボールで小屋を作り、運動場に設置したという機転の利いた対応が紹介されました。
おそらく、生徒たちは「やらされた」というよりも、「自分がやらなければならない」という役割意識を持って行動したのだと思います。自ら考え、実行に移す姿勢は、平時の教育活動の中でも培うことができるのだと改めて感じました。
<ポイント>
・避難所運営において大切なことは「スピード感」「役割意識」「笑顔とあいさつ」
・運営する上でまず最初に決めること → 動線、受付、誘導、介助
・避難所の担当者は「目立つ格好」が効果的
・災害弱者は本部の近くで対応する
・本質は  正解ではなく成解を目指す。
   正解:1+1=? 答えがきまっているもの    成解:◯+◯=2 みんなで作るもの
もっとあるのですが、書ききれません...。
この後、4日間の振り返りを全体で行い、最終視察先「荒浜小学校」へ向かいました。

仙台市荒浜小学校遺構 津波に襲われ地域住民の避難先にもなった現存校舎を当時の校長先生の案内で視察


仙台市中心部から東に約10km離れた沿岸部に荒浜地区という集落の中に荒浜小学校(明治6年(1873年)創立)がありました。 校舎の外には、大きな質量の何かがぶつかった跡や、折れ曲がった柵等、津波の被害が大きかったことがよく分かります。

校舎2階まで津波が到達。女性の背丈と比べてもその大きさがよく分かる。 津波到達時刻で止まった体育館の時計。
校舎2階家庭科室。波の跡がある。 校舎一階の様子。

この研修で強く感じるのは「そこには子どもがいて、地域があり、文化があった。」という事実です。 ふるさとを忘れたくない、また戻ってきたいという気持ちに溢れたメッセージボードがとても印象に残っています。
震災以降を公開するにあたり、地元の方との意見交換の際「また集まれる場所が欲しい」という声を受けて作られたということです。
そして、荒浜小の近くにある深沼海水浴場に行きました。 震災以来ずっと閉鎖されていた海水浴場ですが、今年(2025年)再開となりました。 また一つ「復興した」ということなのでしょう。

そして仙台空港、仙台駅へ

長い研修視察も4日間の行程を全て終えました。 北は北海道の稚内から、南は竹富町まで、20代から60代の校種も立場も違う男女37人が一同に集いました。 みなさん志が本当に高く、「まだまだこの仕事も捨てたもんじゃない」と強く感じた4日間でした。 この場をお借りして感謝申し上げます。ありがとうございましたm(_ _)m
そしてこれからもよろしくお願いします!

総括

今回の震災研修は、「防災は施設やマニュアルではなく、人の判断と行動そのものだ」という事実を突きつけるものだった。 防災センターや役場など「安全なはずの場所」で多くの命が失われた一方で、子どもたちが主体的に避難した地域では命が守られていたことを知り、「指定された場所」への安心ではなく、その場で状況を読み替える力の重要性を実感した。 また、防災訓練は“きれいな練習”では意味がなく、停電や情報不足、想定外をあえて組み込んだ「本番を意識した練習」でなければ、子どもも大人も動けないと学んだ。

さらに、避難所運営やまちの復興が「唯一の正解」をなぞるのではなく、そこにいる人が知恵を出し合い続けるプロセスだという視点は、日常の生活にも通じる。 守れた命と守れなかった命、両方の物語を聞いた者として、悲しみや怒りだけで終わらせず、「なぜ」を問い続け自分ごととして考える責任があると感じた。

私はこれまで、防災教育を「特別な教育」として捉え、年間行事や特設授業の中で位置付けることを意識していた。 しかし、今回の研修を通して、防災教育は「防災」という枠を超えて、日常的な教育活動の中から自然に立ち現れるものだと気づいた。 例えば、人権教育で互いを尊重する態度を育むことや、道徳教育で生命の尊さについて考えること、キャリア教育で将来を主体的に描くことも、すべて「自らの命を守る力」とつながっている。 つまり防災教育は、学校教育全体の土台を支える基盤であると言える。

研修の最終日に、2024年の孤独死の人数が2万人を超えていることや、交通事故死について考える場面があった。 一見すると震災とは無関係なテーマのようにも思えるが、そこには「なぜ避難しなければならないのか」「なぜ生き延びなければならないのか」という問いに対する、主催者からのメッセージが込められていた。
それは「人は誰もが、尊厳ある最期を迎えるべきである」という考え方である。
本研修を通じて、生と死、命の重さを見つめ直し、どう生き、どう死を迎えたいのかを自分自身の問いとして考え続けている。

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